2026/09/19 21:29

OHISAMAのファッジの中でも、人気の高い「クロテッドクリーム」。

実はこのファッジ、最初から商品にしようと思って作ったわけではありません。 というより、クロテッドクリームはスコーンにしか使わないものだと思っていたんです。 クロテッドクリームを初めて知ったのは、スコーンのレシピ本を本屋で探していたときでした。 どの本にも、スコーンとクロテッドクリームの組み合わせが書いてあります。 気にはなったものの、スコーンの材料になるわけではない。 しかも、当時の広島にはそもそも売っていませんでした。 ネットで買おうとするとケース売り。 なんと96個入り!! 2万円以上もしたので、いつの間にか忘れてしまいました。 それが去年の秋、ウェールズで再会することになります。 ウェルシュケーキの研修で、セント・デイヴィッズにあるマムギーにお世話になったときのことです。 お店で、伝統的なイングリッシュブレックファストをご馳走になったんですね。 そのとき、普通ならパンが添えられるところに、ウェルシュケーキが乗せてありました(ウェルシュケーキ屋さんですから)。 そして、その横にはジャムとクロテッドクリーム。 「へー、いろんなことが自由なんだな」 良い意味で、期待を裏切られました。 そんな経験をしたものだから、 「ファッジをクロテッドクリームで作るのも、ありだな」 と思うようになりました。 そして、日本でクロテッドクリームのファッジを作ってみようと思ったんです。

念のため「英国 クロテッドクリームファッジ」と検索してみたら……

出るわ、出るわ(笑)。

もうすでに、コーンウォールでは当たり前のように作られていました。

世界初どころか、完全に出遅れていたわけです。

コーンウォールでは、クロテッドクリームは特別なものじゃなかった

クロテッドクリームは、バターよりもあっさりした味わいです。 英国では、食品スーパーはもちろん、ファームショップやお菓子屋さんでも売っています。 酪農が盛んなコーンウォールには、クロテッドクリームを100年以上作り続けているロダス社もあります。 OHISAMAでも、クリームティーにはロダス社のクロテッドクリームをジャムと一緒に添えています。 そんなクロテッドクリームを、今年の初夏、ファッジの聖地コーンウォールで改めて見てきました。 クロテッドクリームは、いたるところで売られていました。 それもブランドがいくつもあって、規格も日本とは比べ物にならないくらい種類があります。 「あ、これはコーンウォールの人たちにとって特別なものじゃなくて、食文化なんだ」 そう思いました。 それくらい、生活の中にあることが普通なんです。

そして、クロテッドクリームのファッジ。 訪れたファッジショップのほぼすべてに置いてありました。 日本で世界初のクロテッドクリームファッジを作る夢が、完全に潰えた瞬間です(笑)。 アレンジメニューとか、季節メニューとか、そんな感じではありません。 基本のファッジに、バターではなくクロテッドクリームが使われている。 ただ、それだけです。 オレンジとか、ミントとか、そういった味のファッジも、ほとんどのお店で売られていました。 けれど、クロテッドクリームは、それらとはオーラが違っていました。

見た目は明るい乳白色。 ホテルで食べてみると、ねっちり。 ねっとりと、むっちりを合わせたような食感です。 おそらく、クロテッドクリームの水分がやや多いせいだと思います。 味はほんの少しですが、バターで作るものよりも優しい味わいでした。 頭の中には、コーンウォールに広がる牧場。 大西洋の荒々しい波に削られてできた、高い崖に囲まれた港町。 クロテッドクリームが売られていた、小さな食品スーパー。 いろいろな風景が浮かびました。

ところで、ファッジって何なんだろう?

ここで、少し話が変わります。 クロテッドクリームへの気持ちには火がついたのですが、ファッジそのものについては、ずっと胸の奥でくすぶっているものがありました。 英国展でも、お店でもファッジが売れるようになって、レシピを考えたり、作ったりすることには長けてきた。 なのに、 「結局、ファッジって何なの?」 という質問に、ちゃんと答えられないでいました。 ファッジがなくても、日本人は生きていける。 それなのに、わざわざファッジを日本に紹介する意味を、自分の中で見つけられないでいました。 新しいフレーバーを探して。 レシピをちょっと変えて。 見た目を変えて。 そんなことを、この先何十年も続けるのかと思うと、少し空しくなりました。 それで今年の初夏、ファッジの聖地コーンウォールを訪れてきたんです。

そして、クロテッドクリームのファッジを作ってみた

日本に帰国して、すぐに試作を始めました。 バターの部分をクロテッドクリームに代えてみる。 初めての試作のときは小さな鍋と小さな型で作るという妻との約束を守らず、いつも通りの大きな鍋と大きな型で作りました。 そうしたら、まさかの一発成功。 負わなくてもいい夫婦げんかのリスクを冒してまで挑戦した甲斐がありました(男って、ほんとバカ)。 ただ、うまくできたと言っても、ボリュームはもう少し欲しい。 バターと同じ量のクロテッドクリームだと、水分が蒸発して、かさが減るんですね。 それを見越してクロテッドクリームを多めに入れると、今度はコストがべらぼうに上がります。 実に悩ましい。 「おいしいけど、商品にするには厳しいかも」 正直なところ、それも一つの選択です。 一方で、ノムさんの背中を押してくれる何かが欲しかった。 ハリネズミに注意の看板。 牛の群れが農道を渡るのを待つ時間。 1時間ごとにめまぐるしく変わる、英国6月の天気。 車の中で食べた、機内で配られた豆。 そんなことを思い出していたら、クロテッドクリームのファッジをまた大きな鍋と大きな型(好きですねー)で作り始めていました。 もちろん、クロテッドクリームをたっぷり入れて。

コーンウォールで見た景色を、一粒のファッジに

結果から言うと、英国展でも、オンラインストアでも、実店舗でも、発売当初からたくさん買っていただきました。 作った本人としては、正直ちょっと驚きました。 コーンウォール半島をレンタカーで一周した日本人は、あまりいないと思います。 だから、ノムさんの作ったクロテッドクリームファッジを食べて、 「あの牧場の青々とした景色が目に浮かんだ」 という人も、きっと少ないでしょう。 でも、それでいいんです。 ファッジを食べた人それぞれの中に、それぞれの景色が生まれたら。 英国で食べた味を、日本で作る。 その間には、レシピだけでは説明できないものが、たくさん詰まっています。 食べていただいたことのある方、ぜひ感想を聞かせてください。 もし、まだファッジを食べたことがないなら、 「ファッジって、どんなお菓子なんだろう?」 と思ったときに、いきなり大きなサイズを買わられる必要はありません。 まずは一度、小袋に入ったクロテッドクリームのファッジを味わってみてください。 ノムさんが英国で出会った味を、日本で作ったらどうなったのか。 そんなことを想像しながら食べてもらえたら、作り手として本当に嬉しいです。



書いている人 ノムさん


広島生まれ。英国菓子と紅茶のある暮らしOHISAMA代表。

公務員の家庭に育ち、大学を卒業後は食品会社に就職。一念発起して会社を退職し、宮島でパン屋を創業したものの繁忙期と閑散期のギャップから体調を崩し僅か5年で離島。その後、業種を変えながら再起を図るもうまくいかず、借金が2,500万円まで膨れ上がる。

これが最後の挑戦と覚悟を決め、安定した人気のスコーンを深堀りしていくことに。すると、その原点であるスコットランドのスクーン城にたどり着き、そこから英国菓子に興味が広がっていく。何世紀も変わらないレシピや伝統といった神秘性にハマり、店では全然売れなかったがとにかく作り続けて、売れ残ったものを食べる日々を過ごす。

そんなある日、東京の英国展に招待されてから人生が大きく動き始める。広島でも英国菓子が売れ始め、中でもファッジは借金を完済できるようになるまで経営の柱に成長。今では英国へファッジの取材へ行ったり、ファッジの歴史を調べることが大きな生きがいになっている。