2026/09/28 08:00


OHISAMAには、定番のファッジが4種類あります。

その中で「基本はどれですか?」と聞かれたら、ノムさんは迷わずミルクバターと答えます。

理由は、材料がとってもシンプルだから。

そして、OHISAMAのファッジはここから始まったからです。


ある日、英国菓子のレシピ本を見ていたら、ファッジを見つけました。

もうちょっと詳しく知りたいとネットで検索したら、ファッション誌「FUDGE」の情報しか出てきません。

それも3ページくらいずっと。

さすがに、

「FUDGEばっかじゃん!」

とイラっとしたんですが、まさか1年後に、その「FUDGE」から取材してもらって、そのおかげでファッジが全国で売れるようになっていくとは、夢にも思いませんでした(笑)。

イラっとしたことをお詫びするので、いつか「FUDGE」さんのためにファッジを作りたいです。


砂糖、バター、ミルク、練乳。

それがミルクバターの材料です。

たったこれだけ。


けれど、少ないからこそ隠れるところがありません。

バターの風味も、ミルクの感じも、砂糖の甘さも、そのまま出ます。

ごまかしが効きません。


見よう見まねで初めて作って食べたとき、めちゃくちゃ美味しくて、家族にすぐ食べさせました。

それから、試作の品をお客様にあげるなんてことは決してないのですが、あのときは、


「こんなに美味しいものは、みんなで食べないともったいない」


と無意識にカウンターまで小走りし、たまたま居合わせたお客様にもお裾分けしました。

そのくらい、美味しいと言ってもらいたかったんでしょうね。


家族もお客様も、みんな歓声を上げました。


「えっ、なにこれー?」

「うまっ!」

「こんなお菓子あるん?」


あまりに予想通りの反応に、さすがに悦に入りました(笑)。

もう3年前の話です。


そこから、何度も何度も作りました。

たくさん食べたかったからではありません。

信じられないくらい、たくさん失敗したからです。


何が難しいって、固さが一定にならない。

レシピ本には「フィンガーテスト」といって、とろみがついてきたらスプーンで生地をすくい、水を張ったボウルに落として指で軽くこねる、と書いてあります。


すぐに水に溶け始めたら煮詰めが甘い。

ソフトキャラメルのような仕上がりになります。


水の中で一瞬で固まったら煮詰めすぎ。

キャンディーのような硬い仕上がりになります。


その中間。

指先でしばらくこね続けられるけれど、溶けない。

そこまで来て、ようやくあのサクホロの食感になります。


火加減を変えてみる。

かき混ぜ方を変えてみる。

いろいろ試しました。


でも、あの歓声が上がったときの味になるのは、10回作って5回くらい。

失敗と成功を行ったり来たりです。


キャラメルも美味しい。

キャンディーも美味しい。

でも、ファッジじゃない。

あの食感になって、はじめてファッジと呼べる。


今思えば、あの頃は素振りをしていたようなものです。

目をつむっていても同じ動きができるくらい、必死で身体に覚え込ませていた。

あそこで「型」ができたから、いろんな味を作れるようになりました。

だから、基本の味。


ミルクバターは、OHISAMAの一番地味なファッジです。

でも、ノムさんにとっては、一番大切な味です。

これをあきらめずに作ったから、今のOHISAMAがあります。


そして、ここまで読んでもらったら、実はノムさん自身も最初はファッジのことを何も知らなかったことが分かると思います。

砂糖は、煮詰める温度がたった数℃違うだけで、結晶化に大きな影響が出ること。

かき混ぜ方や冷やすスピードで、結晶の量や大きさが驚くほど変わること。

なーんにも知りませんでした。

でも、そんなところから始まったんです。


原点は、初めて作ったミルクバターを食べて、みんなで、


「なんだこれ!」


となった、あの瞬間。


材料がシンプルだから基本なのではありません。

OHISAMAのファッジが、ここから始まったから基本なんです。


あのときの感動と苦労が、3年後にはノムさんをファッジの聖地まで連れていくわけで。

人生って、本当に面白くできています。


書いている人 ノムさん


広島生まれ。英国菓子と紅茶のある暮らしOHISAMA代表。

公務員の家庭に育ち、大学を卒業後は食品会社に就職。一念発起して会社を退職し、宮島でパン屋を創業したものの繁忙期と閑散期のギャップから体調を崩し僅か5年で離島。その後、業種を変えながら再起を図るもうまくいかず、借金が2,500万円まで膨れ上がる。

これが最後の挑戦と覚悟を決め、安定した人気のスコーンを深堀りしていくことに。すると、その原点であるスコットランドのスクーン城にたどり着き、そこから英国菓子に興味が広がっていく。何世紀も変わらないレシピや伝統といった神秘性にハマり、店では全然売れなかったがとにかく作り続けて、売れ残ったものを食べる日々を過ごす。

そんなある日、東京の英国展に招待されてから人生が大きく動き始める。広島でも英国菓子が売れ始め、中でもファッジは借金を完済できるようになるまで経営の柱に成長。今では英国へファッジの取材へ行ったり、ファッジの歴史を調べることが大きな生きがいになっている。