2026/10/03 08:00

#ロイヤルミルクティーって、英国の飲み物だと思っていませんか?
実は、ちょっと違うんです。
英国には「ロイヤルミルクティー」という名前の飲み物は、実はありません。
(えーーーーっ!)
英国ではミルクティーが日常的に飲まれています。
日本のロイヤルミルクティーは、そうした英国のミルクティーに影響を受けて、日本で親しまれるようになったものです。
つまり、似ているけれど名前は違う。
したがいまして、英国にはノムさんが作っている「ロイヤルミルクティーファッジ」もありません(笑)。
でも、
英国のミルクティー
↓
日本のロイヤルミルクティー
↓
ロイヤルミルクティーファッジ
こうなると、なんだか面白い話じゃないですか。
そんなロイヤルミルクティーファッジを作ったのには、理由があります。
ファッジを作り始めた頃は、今よりもファッジについて知られていませんでした。
そこで、
「日本人に馴染みのある味で、英国らしいものを作ったら、ファッジにも興味を持ってもらえるんじゃないか」
と考えたんです。
最初は、みんなが好きなチョコレートとか、日本人に馴染みのある抹茶とかも考えました。
でも、ファッジの材料の大部分は乳製品。
それと相性のいいものはないかなと、ノムさんの大きな頭で考えていたら、
「あ、ミルクティーがあった」
となったわけです。
そして、一丁目一番地の紅茶葉を入れてみることにしました。
すぐに試作。
ところが、
「はい、紅茶葉を入れました」
では終わらないのがファッジです。
ミルクバターファッジで、やっと少しコツをつかんだと思ったのに、紅茶葉を入れた途端、また思うようにいかなくなりました。
紅茶葉を入れると、生地の様子が想像以上に変わるんです。
冷ましている間にも、思ったより早く固まっていきます。
「なんでじゃい!」
また失敗です。
それにしても、一体ファッジはいくつ落とし穴を用意するんでしょう。
、、、逆に、ノムさんはどんだけ穴に落ちるんでしょう(笑)。
さらに、アールグレイの香りにも問題がありました。
最初から紅茶葉を入れて高温で煮詰めていくと、ベルガモットの香りや紅茶らしい香りが、思ったように残らない。
そこで試作を繰り返し、仕上げの段階で紅茶葉を加えるようにしてみました。
すると、香りがちゃんと残る。
紅茶葉を入れるタイミング。
入れる量。
生地の状態。
煮詰め具合。
攪拌のタイミング。
いろいろなところを少しずつ調整して、ようやく今のレシピと作り方にたどり着きました。
この経験があったので、その後に作ったほうじ茶や抹茶のファッジでは、以前よりずっとスムーズに試作できました。
途中でやめなかったら、失敗も経験と知識になる。
これは、ファッジ作りを通してノムさんが学んだことの一つです。
さて。
そんな苦労をしてできた、ロイヤルミルクティーファッジ。
最初にファッジ本来の甘さが来ます。
そのあとから、アールグレイの香りがふわっと鼻をくすぐる。
そして紅茶をひと口。
「、、、合う。」
みたいな感じです。
マリアージュという言葉が、ぴったりきます。
口の中で上品なミルクティーができて、紅茶とミルクとお菓子を一度に味わえる。
作るのは想像以上に大変でしたが、味も想像以上でした。
(うまいこと言う!)
そんな、しゃれたことを言うノムさんですが、実は紅茶に親しみ始めたのは、英国菓子を作るようになってからです。
英国のお菓子は、砂糖をしっかり使ったものが多い。
珈琲だと、その苦みで甘さを中和する感じがあります。
でも紅茶だと、口の中に香りが広がって、甘さを受け止めながら、最後はすっと流してくれる。
ファッジはさらに甘いお菓子なので、紅茶との相性は抜群だと思っています。
というより、
「紅茶なしでは食べられないんじゃないか」
と、ノムさんは思っているくらいです。
ファッジの聖地をめぐった旅では、泊まったホテルの部屋にも、ロビーにもティーバッグが置いてありました。
そこで買ってきたファッジと一緒に、紅茶をがぶがぶ飲んでいました。
まあ、貧乏旅行でしたからねえ。
そうでもしないと、空腹で倒れそうでした(笑)。
甘いものを探す旅なのに、英国での食生活は甘くなかったです。
、、、これが言いたかった(笑)。
でも、そんな旅をして、実際に英国でファッジを食べ、紅茶と一緒に過ごしてみて、
「やっぱりファッジは紅茶と合うな」
と身をもって感じました。
だから、OHISAMAのロイヤルミルクティーファッジは、紅茶好きのために作っています。
ファッジが好きな人だけじゃなく、
「紅茶が好き」
という人にも、ぜひ食べてほしいんです。
いつものお菓子にファッジを1粒添えて。
紅茶をひと口。
そんな、あなただけのティータイムを楽しんでくださいね。
書いている人 ノムさん
広島生まれ。英国菓子と紅茶のある暮らしOHISAMA代表。
公務員の家庭に育ち、大学を卒業後は食品会社に就職。一念発起して会社を退職し、宮島でパン屋を創業したものの繁忙期と閑散期のギャップから体調を崩し僅か5年で離島。その後、業種を変えながら再起を図るもうまくいかず、借金が2,500万円まで膨れ上がる。
これが最後の挑戦と覚悟を決め、安定した人気のスコーンを深堀りしていくことに。すると、その原点であるスコットランドのスクーン城にたどり着き、そこから英国菓子に興味が広がっていく。何世紀も変わらないレシピや伝統といった神秘性にハマり、店では全然売れなかったがとにかく作り続けて、売れ残ったものを食べる日々を過ごす。
そんなある日、東京の英国展に招待されてから人生が大きく動き始める。広島でも英国菓子が売れ始め、中でもファッジは借金を完済できるようになるまで経営の柱に成長。今では英国へファッジの取材へ行ったり、ファッジの歴史を調べることが大きな生きがいになっている。
